失敗から考える精神性と創造

9月2日、満月ですね。

昨日、9月1日はIRU Projectのウェブサイトを立ち上げた日で、記念とこれからの発展の予祝としてあるお店に行ってきました。

結果としては失敗でした。

詳しくは書きませんが、あのお店を選択した僕の感度、波長を感じる精度が低かったことが原因です。

つまるところ精神性ですね。

精神性について

精神性って何?

精神という言葉も、〜性という表現も曖昧です。

精神性が高いとか低いとか言われても、そもそもそれは高低で表すものなのかわからない。

細かいとか粗いとか、硬いとか柔らかいとか言ってもいいと思います。

僕の今の感覚では、精神が澄んでいること、それがいわゆる「精神性の高さ」にあたるように思います。

精神が澄んでいるとどうなるのか

精神が澄んでいると、自分の内、あるいは下から(人によっては上から?)差してくる光が意識に届いてくる感じがします。

光というのはおそらく、純粋意識と言ったり、インスピレーションと言ったり、ハイヤーセルフと言ったりするようなもの。

つまりは創造的な状態への道しるべだと思うのです。

創造

昨日行ったお店を選ぶとき、僕は創造ではなく習慣から判断をしていました。

「こういうものを食べたい」「こういう感じのお店に行きたい」という、過去の記憶の引き出しから集めたものを組み合わせて、なんとなく行きたい場所をイメージしました。

そしてそのイメージと合致するお店を選んだのでした。

グルメサイトで。

推して知るべし、ですね。

僕の光は別の方向を差していたのだと思います。

僕は精神性を澄ますために、日々ヨガやクンルンネイゴンのプラクティスを無理のない範囲で行なっています。

だけどそれにかまけず、ぶら下がらず、占星術の勉強を真摯に深め、光をあてるセッションと絵の純度を上げていきなさい、ということですね。

身が引き締まりました。

皆さんは皆さんの、僕は僕の道を、行きましょう。

その先で交差した時はどうぞ、よろしくお願いします。

この星に生きている者同士、楽しみましょうね。

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