自分を生きる冒険の記録−1.生き直すきっかけ

今日から「自分を生きる冒険の記録」を書いていくことにしました。今まで生きてきた中で一番大きな経験が難病にかかったことなんですが、そこから始まった冒険のことを書けるだけ書いていこうと思います。どうぞお付き合いくださいませ。


私は24歳の時に難病にかかって、約15年後の今、完治したと言っていい状態になっている。(治るとか病気という概念自体が私の中で大分変化しているので、完治とすらいわない、ただ基本的には本来の身体の動きができている状態という感じの方がしっくりくる)
私のかかった「難病」は潰瘍性大腸炎なんだけど、今は罹患人数もかなり多いし(おそらくどんどん増えているしこれからも増えていくのだろう)、いろんな病態があるからその病名でその人の状態をとらえることはすごく難しい。

私の場合は、その名前がついている人の中でもかなり重症だったんだと思う。
最初の5年くらいは1年の3分の1から2分の1は入院していたし、身体がつらくない日は1日もなかった。当時認可されていた治療法はおそらくほぼすべて制覇し、許容量をこえた処方(トータル1日40錠以上のんでいた記憶がある)でもまったくおさまらなくて、さらにアレルギーで耳掻き1杯程度の薬で白血球が作られなくなって髪の毛がすべて抜けたり、急激な血圧低下などで生命の危険も何度か経験している。(前例がなかったらしく、「白い巨塔」のように教授先生とたくさんの先生たちが毎日診に来て、本来の病気とはまったく関係ない検査を山ほど受けたりもした。)

あの状態から今なんでも食べられて、予定をたてられて、身体の心配をせずにいられている状態にまでなったのはかなり奇跡的だと自分でも思う。
私はかつて自分で立ち上げた当事者グループを主宰していたり、患者会にも関わっていたり、いろいろなところで講演をさせてもらったり、難病者に関わる研究もしていたから、当時としては多くの「患者」といわれる方々やその関係者と出会ってきた。

でも、6年前に研究活動や仕事をやめたのと同時にその「患者としての活動」もやめたので、その後のことをあまり語ることはなかった。
「なぜよくなったのか?」ときかれることもたまにあったのだが、なかなか言葉にはできなくて。

それは、この病の体験が私のすべてを変えたし、そこで提起された問いは一生かけて向き合っていくものなんだと思うので、「これをやればよくなります」みたいな話ではないからだ。

一番大変だった時期に出会った3人の命の恩人の話や、そこから広がった世界で経験してきたことをそろそろ語れるような気がしている。
語りなので、情報としての正確さよりも病いの体験にたいしてある程度客観的に振り返ることのできる今の私として表現できればと思う。
これは難病を克服した話というよりも、一人の人間が生き直すきっかけをもらい、自分を生きる冒険の記録のようなものだ。

体系立てて書くのが苦手なので、ランダムに進めていこうと思う。

自分を生きたいと願う人へ。

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