自分を生きる冒険の記録−5.選択肢はいつだって一つではない

「絶対に失敗してはいけない」「道を踏み外してはいけない」そんな観念に囚われていたわたしは、身体も心もいつも力が入ってガチガチだったんだと思う。柔軟性やしなやかさというものがまったくなくて、「もっとリラックスしましょう」といわれるとものすごく反発したくなるような気持ちだった。いつもすごく寂しかったのは、誰にもわかってもらえないからではなくて、私が私をまったく見ようとせず、身体や心の叫びを無視し続けていたからなのだと今となってはよくわかる。私もスポーツをやっていたから、ガチガチにかたまっている身体や心では怪我をしやすくて、力ずくでいける範囲のさらにその先にはどうしてもいけないことはよく知っているはずだった。失敗しないようにと思っていると、こわくて前には進めない。自分のマインドが壁になって跳ね返されてしまう。何度か経験したことのある、本当にこれだと確信した時の推進力もよく知っているから、なおさらだ。しかし、ガチガチながらも必死だから自分の視野の狭さにどうしても気づけないのだ。違う方向を向くことすらできないくらいにかたまっているという感じか。

そんな私が、大きな転換点を迎えた出来事がある。

ある宿に泊まりに行った時に、その宿がマクロビオティックのお料理を出してくださる場所で、そこの方が食習慣や生活を変えたことでなんと癌が消滅したという話をきかせてもらった。そういう話をきくのが初めてだったし、その人がとても元気で溌剌とした姿で目の前にいることが本当に本当に衝撃的で。それで自分の病気のことを話したら「それもきっとよくなるよ」と言われ。「いや、難病で、治らないんです。こんなにひどくて。」と何度か話した気がするけれど、「うん、でもね、大丈夫よ。」と。何がなんだかわからなかったし、正直なところ親しい人たちに「あれが効くらしい」「これが効くらしい」とあれこれすすめられて、その圧にすっかり辟易していたのもあって、治ると言われても・・・という感じだったけれど、とにかく、そこで初めて飲んだ梅醤番茶と、目の前の畑でとれたお野菜と玄米、シンプルな調味料などで丁寧に丁寧に作られたお料理が涙が出るほどおいしかった。多くの野菜も、玄米も、何度も受けた栄養指導では絶対御法度だったけれど、そんなのはどうでもよかった。(実際、そこでいただいた料理は食べてもまったく問題なかった。)それまで食事の制限が多すぎて、食べることは我慢、恐怖、苦痛だったけれど、はじめて本当に「食べることの喜び」を経験した。身体は知っているとよく言うけれど、この時ガチガチだった私の身体はまさに喜んでいて、かたまっていたものが溶けていくようだった。かたまったものが溶けると涙になるのだ。

その直後、またたまたま出会った人が若杉ばあちゃんの料理教室(非公開で、さらに次の会がその場で行われる最終回だった)のことを教えてくれて、参加することができた。(初めて会った翌日に、「あなたは若杉ばあちゃんに会うといいと思う」とわざわざ伝えに来てくれたのだ)
若杉ばあちゃんが小さな身体であっちのおくどさん、こっちの鍋、またあっち、こっち、とピンマイクで説明しながらダンスのように数十人分のお料理をものすごいエネルギーでどんどん作っていく姿に、私はただただ見惚れているばかりだった。最後に少しだけお話しする機会をもたせてもらった時には「大丈夫、あんたの病気は必ずよくなるよ」と言っていただき、思わず大号泣。本当の言葉というのはとんでもない力がある。そのすさまじいエネルギーに触れて、はじめて「もしかしたら治るのかもしれない」と思えたのだった。

治らない、手術しかない、薬をずっと飲み続けてお腹にやさしいものを食べて一生うまく付き合うしかない、その世界観をまるごと飲み込んでいたので、頭で考えると揺れることもあった。でも、もうすでに「治る世界」をこの目で目撃し、経験し始めていたので、迷いはなかったんだと思う。何より、はじめは治すためというよりも食の喜びを経験した衝撃がとても大きかった。それを教えてもらえたこと、感謝してもしきれない。おいしいものはうれしい、それだけのこと。つくづく、食いしん坊でよかった。。。

たまたま親しい友人が食養生のことに詳しかったり、畑をやっていたり、近所に自然食品を売っているお店が多かったり、環境的にすごく恵まれていたのもあって、少しずつやれることから実践していった。食は毎日のことだから、日々自分の身体で実験していく。揺れ動く体調を見ながら、試行錯誤の繰り返し。面倒だからやらなくなったり、ストイックになりすぎてジャンクに走ったり。体調崩してまた背筋を伸ばしたり。
本当にいろんなことを学んで、失敗して、試して、それは今でも探究を続けている。普遍的な正解なんてどこにもないから、とにかく自分で学んでやってみるしかない。合うものは合うし、合わないものは合わない。頭で考えていくと「あれはダメ、これはダメ」と結局観念に囚われることになって、なかなかうまくいかない。
(そしてだんだん、アップデートした学びを実践しながら、ジャンクも美味しいよねとか、エネルギーがないものはきついよねとか、食べる時の気分がすごく大事だよねとか、今日はお腹が重いから軽いものにしようとか、そういうことがわかるようになってきた。)

食を変えることは、生き方を変えることだった。
買い物をする場所、買い物の仕方、経済の価値観、生活の中での食の位置付け、人との付き合い方、、、、そこからあらゆるものが変わったと言っても過言ではないと思う。さらに、私が仕事や研究をやめることになったことももちろん関係しているし、そのあと畑で自分の食べる野菜を作るようになったことも、「畑とカリー」というお店をやることになったことも、表現を始めたことも、全部そこから始まった。生き方を変えようとしたのではなく、結果として変わった。でも今となってはそのことが私を救ってくれたんだと思っている。

選択肢はいつだって一つではない。科学でわかっていないこともたくさんあるし、どうやっても私を生きるのは私しかいない。この宇宙には想像も及ばないことが山ほどある。世界は人の数だけある。視野を広くすることが正しいとも限らない。自分で決めていることもあるし、人が導いてくれることもある。偶然とは思えない出来事もたくさん起こる。

ただ、やっぱり身体は、心は、知っているのだと思う。

絶対無理なことを自分に課している。そんなのうまくいくわけがない。客観的に見たらそうわかることも、それに気づくのは容易ではないことがある。世界で起こることに非合理的なことが山ほどあるように、私たちの頭の中も何者かに支配され、すっかり明け渡してしまっていることはよくある。
それでも、日々何を食べるか、今からの時間を何に使うか、これからどう生きていくか。。。
誰かではなく、私がどう生きていくのか、私たちには私たちが決められること、そして、コントロールできないような流れも含めて、無限の可能性があるということ、そして生命を持つ存在はそれぞれに生きる力があることをちゃんと忘れないでいたい。

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