自分を生きる冒険の記録−6.声にならない想い

食養生との出会い以降も体調がすぐによくなったわけではなかったし、相変わらず生活は乱れていたけれど、少しずつ自分に目が向くようになったのはとても大きかったと思う。自分に目が向くということは同時に、違和感から目をそらすことができなくなるということだ。そして、自分が向き合えなかったものにも光が当たっていく。そうしていくと、やっぱり自分の生い立ちや、子どもの頃からのトラウマや、人を傷つけてしまった思い出や数々の失敗経験などなどが、心の奥底からマグマのように噴出してくる。

今思い出したのだが、前回のブログで書いたマクロビのお料理で感動した日の翌日、身体中に発疹が出て驚いた。お宿の方に話すと、「それは好転反応かな」とのこと。東洋医学の考えで、身体が治っていく過程で一時的に身体反応が起こることがあるようで、皮膚に出ることが多いそうだ。数日続いたが、そのあとは嘘のようになくなった。

もしかしたら、そのマグマのように出てきたものは好転反応のようなものだったのかもしれない。やっと、出せた。そして、私に気づいてもらえたのだ。お腹の病気にはすぐに名前がついて、国の医療費のサポートも受けて、治療を受けることができたぶん、私には何がなんだかわからなかった。私の身体で起こっていることが私の身体ではない、何かに自由を奪われ、私の存在を消されるような感じだった。でも、マグマの噴出によりやっと私は、私の苦しみとして、痛みとして感じることができたのだった。

そこからの道は、それはそれでとても長かった。抑圧して、ないことにしていた時間があまりに長かったので当然かもしれない。そして、多分一生付き合っていくことになるんだと思う。

大学院の博士課程満期のタイミングで研究も臨床もやめることになり、そこからは自分を生きるという探究の道が始まった。対話の場を作る活動や、自給のための農、それから生活のための仕事もいくつか。後には歌を作り舞台で歌うようになったり、週に1回「畑とカリー」というスパイス料理のお店をやらせてもらったり。自分を表す名前がなくなり、そして人との関わりがとても少なくなった。あらゆることに自信がなくなったり、生きていくことがつらくなったり、うまくいかないのをいろんなことのせいにしたり、自分の宿命を呪ったり。正敏とはしょっちゅうぶつかった。語り尽くせない想い、プロセスがたくさんある。

もうすっかり、以前は全力で否定していた「道を踏み外す生き方」になったと思った。何をして暮らしているの?と尋ねられても何も答えられない。

でも、私は本当に道を踏み外したのだろうか?

畑で一人ぼっちで人間のことをずっと考えていた。言葉にならない想いを歌にして、否定する自分と戦いながら舞台で心を奮い立たせて歌った。自分で育てた野菜を祈りを込めて料理した。自分という存在で、この足で歩きたいとずっと奮闘してきた。

この時間のことを、誰になんと言われようと、大切にしてあげたい。きっと、誰にだってこんな時間があるのだから。声にならない想いのことを、ちゃんと知っている人でありたい。

そして、そんな時間を経て、私の身体はちゃんと私の身体として自分の力でバランスがとれるようになった。真っ黒の溜まりに溜まったヘドロのような毒がだいぶ抜けて、日々の生活で毒が入っても跳ね返す力を取り戻したような気もする。

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