遺影を描く。 〜あるご夫婦のご依頼〜 (正敏)

「遺影を描いて欲しい」

ある方からのご紹介で、僕に白羽の矢が立った。

ご紹介してくださった方とご依頼主様と奥様、僕とで話をした。

それから一ヶ月弱。

先日、完成した絵を持って再びご夫婦のもとを訪れた。

強い意思をお持ちで優しい旦那様と、柔らかく穏やかな微笑みを絶やさない奥様。

F4サイズいっぱいに、お二人の魅力を感じながら、ただ描いた。

不思議と青へのこだわりはなかった。

喜んでもらいたいという静かな思いと、光を追う感覚があった。

絵を見せるととても喜んでくださり、奥様は「早く逝かなきゃ」と冗談をおっしゃった。

旦那様は僕の絵の仕事がビジネスとして成立しているのか心配してくださった。

僕はとにかくビジネスということがよくわからないままやってきて、人に支えられてこの仕事を続けている。

改めてありがたいなと思った。

直接顔を合わせ同じ時間と空間を過ごした上で似顔絵を描く経験は、やっぱり特別。

お二人はいつものソファーでご主人が淹れたコーヒーを飲みながら窓から見える山を眺めたりテレビを見たりしておられるそうで、その様子を写真に撮らせていただいていたので、おまけのイラストにしてプレゼントした。

簡単な手紙ととも手渡すと、「こういうことをしてもらえたら嬉しいねぇ」と喜んでくださった。

遺影を描く、というのは不思議な経験だった。

そこに感じる死の気配。

まだまだお元気なお二人だけど、誰にでも平等に訪れるその気配を主観的に感じ、受け止めておられるのだろうか。

「いずれ来る」ということを認めて目の前の人と向き合うのは健康なことなのだろうと思う。

そう、健康に絵を描いていきたい、というフェーズに僕は入ったのだと思う。

健康な絵じゃなくて、健康に絵を描きたい。

青は僕の中で自然と溶けた。

僕にとっての青は相変わらず特別だけど、人によって受け取り方は違う。

特別な青を押し出さなくてもいいんだ。

死は生の別の側面の様なもの。

僕は光を描いていきたい。

その結果として笑顔があればいい。

素敵なご依頼をありがとうございました。

赤阪正敏への絵のご依頼はこちらからどうぞ。

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