物語を手放し、「ああ」と思うだけ。 (正敏)

北海道に滞在してからも色々と新しい絵のご依頼をいただいている。

ありがたい。同時に、自分が描きたい絵ってなんだろう? という問いが頭をもたげてくる。

そもそも絵って描きたかったっけ? というところに行き着くこともある。

今日は1日絵を描かなかった。

子供の頃、僕は絵を描いてばかりいた。

それが今も絵を描く理由にはならない。

本当は関係はない。

物語を手放すことができず、人は苦しむのかもしれない。

あの時、あんなことを言われていなければ…

15歳の時、彼に出会ったことが私の人生を大きく変えてくれたんです!

エントリーシートの志望動機、ブログを始める時のプロフィール欄、動画配信の自己紹介、恋愛に発展させたい相手との会話…

僕たちは美しく魅力的な物語を紡ぎ出す必要に駆られ過ぎていやしないか。

そして物語に縛られて、破綻をきたしたり、途中で投げ出したりしてはいけないと、最後の一文字まで書き上げることに必死になる。

子供の頃からそうだった、という人もいると思う。

そんな必要などどこにもない。

過去や未来はなく、今しかない。

宗教や心理学やスピリチュアルに触れたらよく見かける言葉。

北海道は長沼町幌内という場所に滞在し、僕は今を生きている。

過去に引っ張られたり未来に思いを馳せたりするけれど、それもまた僕であり、ふと「ああ」と戻って来た場所が今だから、そうして意識をふらふらと漂わせていた過去をどうこうしないで、「ああ」と思うだけ。

「ああ」と思うだけ。

ただ、ああ、と。

このブログを書き上げた後のことを思わない。

今、指が動き、言葉を打ち込み、アップロードできることが、うれしい。

物語を手放し、「ああ」と思うだけ。

そのことを、サポートする営みをしたい。

そうおもうだけ。

赤阪正敏

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