「続かない」について考える。 (正敏)

同じテーマについて、インスタにも投稿したのですが、改めてブログに書きます。

心身のこと、衣食住のことをアドバイスさせていただく仕事をしていると、例えばヨガを「やったんですが、長続きしなかったんです」と言われることがあります。

僕にも思い当たることがあります。同じ言葉を発したことも多分あります。

一方で、「日々の営み」の大切さを痛感する今、「長続きしないんです」という言葉を聞くたびになんとも言えない気持ちになります。

これはなんなんだろうと、今日もお客様からの言葉を受けた後、ずっと考えていました。

続かないのは…

もちろん自分の質に合っていないから、とも言えます。だけど、興味を持ったのなら波長は合ってるんだと思います。なのに続かないというのは、また違う理由があるかもしれません。

それで考えたんですが、続かないのは続けようとしているからなんじゃないでしょうか。


少し考えてもらいたいのですが、今好きで仕方ないことがあるとします。それを初めてやった瞬間に「これを絶対継続しよう!」と思いましたか?

僕の場合、今は少し休んでいますが、絵とギターはずーっとやってきました。「継続しよう」と思ったことは多分なかったと思います。というか、続けるとか続かないとかいう対象ですらなかった、という感じです。

「続けよう」、は「続くだろうか?」という不安からきていて、「続けなくちゃいけない」、「続けられない自分はダメだ」、という意識につながっていることに気づきました。

なので、「色々チャレンジするのですが、続きません」というお客様には「いつやめてもいいのにやってしまっていることはありませんか?」と聞くようにしています。

そして、そこから体質や気質にあった「日々の営み」を、探索的に、共に、作っていく、という風にアプローチしています。形から入るというより内側から探っていく感じ、まさに探索。こういう感じだと僕も自分の日々の営みをシェアしつつ見直すことができて、自分もほぐれていくのですよね。

例えば僕の「日々の営み」に人間ウォーターベッドというのがあるのですが(笑)、これなんかもいつ初めたのか、なぜ始めたのか(笑)、全くわかりません。気持ちいいのでやめる理由もない、というものです。

そう、やめる理由がないことは勝手に続いていくんですよね。

やめる理由がないことだけをしていく

これは仮説なんですが、そういう風にして生きていくと決めると良いのではないかな、と思いました。

僕は今絵とギターは継続してご依頼してくださるお客様以外からは基本的に受けていない状態です。これは、一旦自分のエネルギーを全て新しい仕事に注ぐために決めたことなのでやめる理由があったのですが、潜在的にはずっと続いている感じです。

そして、それとは全く違う「心身と衣食住」という次元でやめる理由がないこと=日々の営みを繰り返し、また生み出し、その延長線としてのセッションを営んでいこうと思います。

そういう波長がシンクロする世界へ。

正敏

日々の営みと自分に出会い直す旅は、西洋占星術やアーユルヴェーダの観点からお客様の心身の性質(火地風水・トリドーシャ)を読み、心身の状態や衣食住スタイルがより良くなる日々の営みを探索的にシェアするセッションです。詳しくはリンク先をご覧ください。

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