連鎖を止めるということ(mayu)

悲しみの、苦しみの、暴力の連鎖を止めたいと願っている。



きっと、かつて心を学び、人を助ける仕事をしていこうと決めたのはそのためだったのだ。自分にそれをやれる力があるか、ずっと問うてきた。

いろいろな人をみてきたし、自分のことをたくさんみてきた。世界で起こっていることを知ったり、今目の前に広がる世界から考えることがたくさんあった。特にこの1年。正直、つい最近まで無力感や虚しさばかりに支配されていて、自分には何もできない、いったいこれからどこでどうやって生きていけばいいのだと呆然とすることもたくさんあったし、自分で自分の歩く道を切り開いていく力もないのだと、絶望的な気持ちになったりもした。

この世界に蔓延するさまざまなことが急激に可視化され、それらは私の中にもあるたくさんの膿でもあるのかもしれないと今は思う。正直、虚しさや怒りや悲しみがずっとあった。でも、今はそれもほとんどなくなった。膿はたたかった後の死骸なのだから、出せばいい。そして、たたかう力がこんなにあるのだと実感させてもらった。そしてそのエネルギーをもっと広げて自分のやるべきことに転化させていきたいと思っている。

私の中には明らかに何か出たがっているものがある。でも、伝える言葉をもてずにいた。どうして動けないんだろうとずっと悩んできたけれど、その悩むエネルギーをとにかく学び考える方に向けた。影響を強く受けすぎてしまう性質なので、SNSの整理をして、自分の身体や心が向く方に従うようにした。それでも迷ってしまう時もやはり学ぶ方に時間を使った。そうすると、何をみても同じことが浮かび上がってくるようになった。



私たち全員が、生きる力を持っているということ。



何度もきいたような言葉かもしれない。そして、絶対に知っていたことだとも思う。



頭で理解するよりも先に私の身体は自らの働きでずっと教えてくれていたし、難病を患った後も生命をつないでくれた。そしてさらに、身体の生命を維持する機序を学んだことで、やっと今までつながっていなかったたくさんの疑問が次々と腑に落ちていった。



知れば知るほど、この肉体や精神が私たちがどんな状態であれ生きるために絶え間なく働いてくれていること、その優れた機能には感動するばかりだった。

これからは、学んだことをきちんと生かしていきたいと思っている。必要な人に届けたいので、一生懸命綴っていきたい。

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ずっと感じてきた、悲しみ、虚しさ、怒り、絶望感こそが、繰り返されてきた連鎖の流れの中にいるということの現れなのだと思う。世界に広がる、「問題」にされている、虐待やDVや操作や支配をなんとかしなければ、の前に、私自身がこの連鎖から抜け出すにはなにが必要なのかと考えてきた。何かのせいにしても、そして、自分を責めても「何かのように」変えようとしてもどうしても進まないこの問いに対して、今やっと光がみえてきた。まだまだやらないといけないことは本当に山ほどある。あとどれだけあるか決して知ることのできない時間の中で、これが使命なのだとしたら進むしかない。

人間のことを学び始めて20年かかって、まず最初のラインとしてたどり着くべきところにきた感触がある。外部基準の「相応しさ」ではなく、この世界に対して私がやるべきことをやる勇気、そして、それなりの学びを重ね、足りないところを知り、自分と向き合い、自分ができることもなるべく歪めずにみようとしてきたつもりだ。

私なんかが、という「自虐」を捨てる勇気をもてたこともとても大きい。この「自虐」こそがどれだけ私を蝕み、エネルギーを奪い、可能性を狭め、楽しいこと満たされることから離れさせただろうか。そして、きっと多くの人が。(自虐は、文字通り「自分を虐げる」、である。)

決して何かが捨てさせてくれるわけではない。私が性質としてネガティブだからとか、弱いから、でもない。個人の責任にすると扱う方は楽かもしれない。でも、自分を生きるというシンプルな願いを持ち続けることは現代社会においてはとても大変なことだと思う。
希望を持つことや自分の生命よりも他の何か(それは大抵観念的なものなんだと思う)に強迫的になっていたり、それを願っていてもどうしたらいいのかわからないという人、自分が大事なことを見失っていることすら自覚がない人はとても多いのではないだろうか。

そして、何か問題が起こったり、心身に不調が出たりすると、それらを個人の責任に帰着するアプローチであふれている。だから、「どうすればいいか」「何をするべきか」で情報の世界は溢れているし、それによってまた混乱することになる。

では、自分がどんな人間で、どんな道を通ってきて今どこにいるのか、何を望んでいるのか、についてはどうだろうか。

自分の身体や心をみてきく力はあるだろうか。

どうやって私たちは活動したり思考したりするエネルギーを得て、それを動かしているのか。何が必要で、何が邪魔をしているのか。外側から絶えず入ってくるさまざまな「異物」にどうやって対処しているのか。病気はなぜ起こり、なぜ治るのか。健康とは何か。

生きているとは何か。

自分を取り戻す、知っていくようなアプローチがあってもいいのではないかと思っている。
ひとつ言えるのは、自分という存在とつながって生きるのは他の何にも替えがたい喜びがあるということ。本当の安心や安定というのはここ無しにはあり得ないのではないだろうか。

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苦しみの連鎖で思い出したこと。

大学で「世代間伝達(連鎖)」という言葉を知った時のことをよく覚えている。うまくいえないのだけど、何か目の前が暗くなる感じがあって、同時に、心の奥の何かが刺激された感じもあった。なぜそんな感じがあったのか、だいぶ後になるまでわからなかったのだが、その概念はずっと沈むことなく私の心でチクチクと存在していた。もしかしたら山ほど学んだ心理学用語の中で一番印象深い概念かもしれない。

先日ふと思い立って、神田橋條治先生の「精神科講義」を開いたら、「資質を生かす」というチャプターだった。
なんらかの被害者だけでなく、悲惨な幼児期をくぐり抜けて生きた人のことをサバイバーと呼び、そういう人たちのために書かれた「サバイバーと心の回復力」という翻訳本の話から始まる(神田橋先生が書評を書かれたとのことで)。その本には、「逆境を乗り越えてきた経過」や、「今後乗り越えていく時に役立つ洞察」など、7つの方法が提示され、それらのどこかを伸ばしていくことで自分の背負っている歴史を乗り越えていけるということが書かれているそうだ。そこで、神田橋先生によると、これまでの精神医学や心理学で悲惨な幼児期のことが書かれているのを見るとだいたい「悪い話」ばかり(学問として成り立ちやすいから)で、回復する過程についてはほとんど書かれていないと。



神田橋先生は、すべての回復というものは自然治癒力によって起こっているといつも書かれているし、「治療」ということをいつも考えておられる。(私も夫も神田橋先生にはとても大きな影響を受けていると思う。もとい、私は大学の頃に先生の本を読んで、この先生は他とまったく違うことを言っておられる、本当に人と向き合っておられるすごい先生だということはわかったのだが、それから本当に理解できるようになるまで15年以上かかったということになる。時間がかかったというよりも、むしろ順調に進んできたということがわかってうれしい。)

(「サバイバーと心の回復力」という本はレジリエンスresilience(心の回復力)のことが書かれた本だが、このレジリエンスは自然治癒力と同義だといえるだろう。)

話は戻って、世代間伝達(連鎖)の話。



世代間伝達(連鎖)とは、主に虐待やアルコール依存症などの文脈で用いられる言葉で、そういう「問題」は親から子へ世代を超えて連鎖するということ。広い意味では支配とか操作とか、考え方の様式とか、価値観とか、そういうものも含まれる。(心理学を学んでいるとおそらく必ず知るような用語だと思う)



この言葉を知った時に起こった「目の前が暗くなる感じ」は、たぶん、「こう育てられたらこうなる」みたいな「ストーリー」の希望の無さのようなものを感じたことによるものだったのかもしれない。

連鎖を止めることはもちろん簡単なことではないし、ずっと繰り返されているという事実もあるのだろう。

そして、そういうことに対して私にできることはあるのか、その連鎖を止めるのに一番重要になるであろう「回復」についてどうしたらいいのかということについてアイディアを持つことがずっとできなかった。

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こういう話は自分には関係ないと思う人も多いかもしれない一方で、自分のことだと思う人もある程度多いのだと思うし、本質的には誰にとっても他人事ではないのではないかと思っている。この10年くらいだけを見ても、ずいぶん新しい概念が増えているし、生きづらさや不調を抱えている人が多くなっている一方で、それをどう扱えばいいのかについてはあまり進んでいないのではないだろうか。(もちろん心のことだけでなく、身体に関してもまったく同じことがいえる)

知ることのできる世界中のストーリーが増える一方で、そこにここからを生きていくための希望の道はどれだけ提示されているだろうか。

起こっていることを原因論や運命論のようなものでとらえるのではなくて、どんな時でも私たち生命には傷ついたものを回復させ、生き延びていく力が備わっていることを理解できた時、今この瞬間からやれることがあるとわかる。
(それにしても、自然治癒力の存在を知らない人はいないはずなのに、かつての自分も含め、それを完全に除外して考えることになっているのはなぜなのだろうか。。。)

どんな人でも生まれ育った場と歴史を持っている。そこからひとりの人間として成熟していく時には必ず葛藤が生まれる。そういう意味では誰しもサバイバーなのである。


なぜこうなっているのか、をみていくことはとても大事なことだ。
ただ、私たちは結果を生きているのではない。未来に向かうプロセスを生きている。


過去にどんなことがあろうとも、今ここからやれることはたくさんあるのだ。
身体や心は常に生命を維持するために働いてくれている。だから、それを妨げるようなことを避け、サポートになるものを取り入れていくこと、そして心身について学ぶこともとても大事だと思う。

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今ここに生きていることを知ることからすべては始まります。大丈夫、生命は必ずよい方向へ向かいます。
最後まで読んでいただきありがとうござました。

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