自分の身体への感謝と対話。 (正敏)

おはようございます。

朝起きて最初に抱く気持ちが一日のトーンを決めたりしますね。

最近僕は身体があること、身体が健やかに動いていることに感謝します。

僕の日々の営みはそれから始まることが多く、白湯を沸かしながら呼吸法などを少しします。

日々の営みというのは「身体との対話」なんだ

当たり前のことなのですが、そう思いました。

例えば脳の状態やお腹の状態を整える呼吸法がありますが、それとて「こうすれば整うからいうことを聞け」という感じでするのであれば、それは強引な対症療法に過ぎません。もっと悪いかもしれない。

身体は僕たちが生きている間、24時間ずっと想像できない働きをしています。その一瞬である今を切り取って、「もっとこう!」「違う、こうじゃなきゃダメ」とジャッジするのは、全く現場にいないくせにたま〜に来て文句言って帰るわけわからん上司らしき人みたいなもので、無責任だし邪魔です。

自分(というか、自分ってなんなのかわからなくなりますが)だって身体の恩恵をずっと受けているのだから、感謝こそすれ、操作するものではありません。

僕たちは操作に慣れ過ぎた

のかもしれません。

身体を操作するって、言葉の上では矛盾がなさそうです。

だけど、他人を操作すると聞けば嫌な感じがします。

本質的には全く同じことのはず。

「操作」している時、自分は共にいないのだと思います。車だって、本当に気持ちよくスムーズな運転ができている時、それは操作ではなく「対話」になっているのでは。

車の全貌を知ることはなくても、アクセルとブレーキとハンドルとギアが触れれば、とりあえず運転できる。それは車がその部分を対話ポイントとして開いてくれているから。

身体だって、例えば呼吸、例えば食べもの、例えば気による手当て、そう言ったものを通して対話するポイントを開いてくれている。

僕たちが身体に対して意識的に働きかけることができるポイントは限られています。だからこそ、そのポイントに、そして身体に感謝を持ちながら対話していけたら、きっと世界はもっと健やかになると信じています。

昨日、金継ぎした取っ手が取れたマグ。

操作しないで、と言われたようです。

気をつけます。


正敏の仕事

日々の営みを共にする講座(4/4開催!)

セッションよりもフランクに皆さんとお話をしながら、心身にアプローチするワークをお伝えしたいと思っています。アーユルヴェーダや西洋占星術のような伝統的な心身の知識、気功や呼吸法などの身体論的アプローチ、生化学理論の学びを現在の僕なりに組み合わせたワークをみなさんにお届けしながら、心地よい時間を過ごしていただきたいと思っています。

日々の営みと自分に出会い直す旅(セッション)

一人一人が健康や暮らしの情報のループから抜け出し、自分の「日々の営み」によって心身と衣食住を見直すオンラインセッションです。西洋占星術やアーユルヴェーダの観点から、お客様の心身の性質(火地風水・トリドーシャ)に合ったものを共に探索してゆきます。

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