全ての人が、自分の歴史である身体を労わり、自分に戻り生き直せますように。 (正敏)

左手と右手で頭蓋骨を挟むようにして脳の疲れを気で癒す方法があります。神田橋條治先生が考案された「脳を抱える」というものです。簡単にいうと左手掌で自分の頭の右部分を、右手の甲で頭の左部分に触れて脳に気を貫通させるものです。(なぜそういう形になるのかには気の性質や陰陽のことが関わって来ます)

僕は日々の営みの一つとして、疲れた時や頭に血が上った感じがする時に行なっています。昨日は寝る前に行なっていたんですが、ちょっと今までにない感覚を覚えました。

周りの音が静かになった? だけど、音はもともと鳴っていない。
周波数が変わった? それとも、頭の周りの空気を構成する粒子が細やかになった?
そんな感じでした。すごく不思議で、でも思い出した感じでもありました。

「ああ、そうそう、この世はこんな感じだった」


子供の脳は大人よりチューニングされているからブレが少なくて、世界の認識が細やかで的確で、「一貫性」や「整合性」という概念に縛られていない、いわばずっと瞑想しているような感じなのでしょう。

自分のことを思い出しても、あのすごい集中力は大人の「集中している」とは全く次元が違いました。努力して集中しようとするのと、瞑想や呼吸法ですごく心地よくなっているときの感覚が全く違うのと似ています。

そして、努力して集中しようとしている時に頭に血が上り、そうでない集中状態の時は身体に意識が満たされていることとも対比できますね。

大人=努力・頭
子供=瞑想・身体

という構図です。

現代人は頭偏重になっている人が多いと言われます。少なくとも僕はそうなりがちなのですが、それは「大人になろうとしている」ということなのかもしれません。

大人って、なろうとしてなるものなのでしょうか。そして、一度なったら戻れないものなのでしょうか。どちらでもないような気がします。もっと言えば、大人という観念すらいらない気がします。

大人になるよりも、自分に戻ること。

その方がずっと大切な気がします。大人という借り物の概念に自分を合わせにいくことに必死になり、それが良いこととして空気中に充満していたあの頃。そこで自分の振る舞いを自分自身にもクラスメイトにも教師にも親にもジャッジされながら、ただひたすら「生きよう」としていたのはこの身体でした。

全ての人が、自分の歴史である身体を労わり、自分に戻り生き直せますように。

そのためにもIRU projectは新しいプロジェクトを企画中です。近いうちにお目にかけられると思います。お楽しみに。

IRU project 赤阪正敏

正敏の仕事

日々の営みを共にする講座

セッションよりもフランクに皆さんとお話をしながら、心身にアプローチするワークをお伝えしたいと思っています。アーユルヴェーダや西洋占星術のような伝統的な心身の知識、気功や呼吸法などの身体論的アプローチ、生化学理論の学びを現在の僕なりに組み合わせたワークをみなさんにお届けしながら、心地よい時間を過ごしていただきたいと思っています。

日々の営みと自分に出会い直す旅(セッション)

一人一人が健康や暮らしの情報のループから抜け出し、自分の「日々の営み」によって心身と衣食住を見直すオンラインセッションです。西洋占星術やアーユルヴェーダの観点から、お客様の心身の性質(火地風水・トリドーシャ)に合ったものを共に探索してゆきます。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。