静かさと静けさについての雑記。 (正敏)

おはようございます。

日々体感することの密度が本当に高まっています。
昨日は朝に自分の課題が見えてきて、IRU projectの新しい一歩の着地点が随分と明確になってきました。
午後、僕たちが東京に住むようになる前から大事にしていたある場所に行きました。

2020年という境を越える前と違うのは、その空間では皆がマスクをしていること。
マスクをし、会話も少ないその空間は、僕が初めて訪れた「あの時」よりずっと静かでした。

静かではありましたが、静けさはありませんでした。

批判したいわけではないし、きっとこれからも訪れると思います。
そこではこれからのIRU projectの、そして僕たち二人が歩んでいく道への優しい後押しを感じられました。
そして、静かさと静けさは違うということは発見でした。

帰りに立ち寄ったお店で初めて買ってみたお菓子を食べたら、二人ともお腹がパンパンに張ってしまい、夕食も食べられず布団へ。

食べることは食材と身体のコラボレーション。
心身を整え、食べ物を選び、今を体験する。
そういうことを繰り返す中で見えてきたことを、もっともっと精度高く共有していきたいなと思います。
食を見直すことは、生命と世界を見直すことです。日々移り変わる景色を毎日写真に撮るようなもので、正解や完結はありません。
(なので、「あれを食べると健康にいい」「これはよくないらしい」というのは本当に切ない話だなと思います)

布団に入ってから新しい出会いがたくさん。
とても興味深い本を見つけ、ネットで購入。届くのが楽しみ。

そして、海外に住みながら生活を発信している女性を知る。
彼女のその居住まい、発信の仕方、雰囲気にとても静けさを感じる。
彼女は聾学校を卒業し、海外で一人で暮らしながら発信をしている。
youtubeチャンネルは全て手話。手話がわからない僕は字幕で彼女の言葉を追う。

彼女の映像には無駄も余分なものもありませんでした。
作品には作り手の意識、認識、磁場が現れる。
これが彼女の世界なんだ、と、そのことに感銘を受けました。
正直発信しているお店や遺跡のことよりも、その世界の静けさと、彼女の魂の清らかさのようなものが今も残っています。

映像は手話で進んでいくから静かなんだけど、だから静けさがあるわけではありません。
前述の場所は静かだけど静けさはなかったので。

静けさはその場にいる人や物や建築物の魂のコラボレーションの美しさのこと

なんだろうと今は思っています。

賑やかで活気があって、一人一人が自由に楽しみ、愛し合いながら生きている世界。
そこにだってもちろん静けさはあるはずです。
そういう世界を作りたいと思います。

僕が本当に感動した音楽は激しいロックであっても静けさがあったので、そこに感動していたんだと今ならわかります。

静けさのある作品を、皆さんにお届けできるよう、今日も一日精一杯生きます。

皆様も良い一日を。

IRU project 正敏

IRU projectは自分の人生を自分で考え、学び、生きる人のためにあります。
そして、そのために必要な心身と衣食住の健康をお伝えし、共に探求する講座やセッションを行なっています。


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