「黒いもの」に光を当てる(mayu)

今日散歩していたらなんだかとても不穏な空気で、近所の道なのにまったく知らないところに来てしまったような気がしました。

あぁ、「居場所」なんてどこにもないんだなぁ

とするっと腑に落ちたのです。

居場所があるとか、たくさんの友達がいるとか、自分を愛せているとか、いつもポジティブに考えられるとか、人に迷惑をかけないとか、いい人でいるとか、人に誇れるようなことをするとか、みんなの輪からはみ出ないとか、

ぜーんぶ私の中から出てきたものじゃない。誰かなのか、社会なのか、もっと大きな何かなのか知らないけれど、とにかく何者かに刷り込まれたものなんだとしたら、もうそんなものは追いかけなくていいなぁと、そして、自分の中に埋め込んで共に生きてきた「それ」にどれだけ苦しんできただろうかと、思います。

そしてそれすらも私の中に発生している苦しみじゃない、この世界に巣食う黒い魔物に取り憑かれていただけ。
そしてその魔物の正体もはっきりとみえてきた。
光を当てれば「黒いもの」たちは認識する必要がなくなるのです。
(存在自体はなくなることがないのかもしれない、でも、私にとって「脅威」ではなくなる)

そういう黒いものを「ネガティブ!」「こわい!」「邪魔!」と思っている限り、ずっと近くにいる。
それはとても苦しいのだけれど、一方で見たくないものや向き合いたくないものを隠してくれたりもしていて、やはり、ここまでの道のりにおいては必要だったりしたのかなとも思います。


朝起きたりご飯を食べたりそれを消化して排泄したり身体に入ってきた異物を排除したり炎症を起こして戦ったり歩いたり走ったり考えたり泣いたり怒ったり喜んだり笑ったり愛したり・・・生きている限り、それらの営みすべてにエネルギーを要します。

そして、悲しい出来事やつらい気持ちを消化するのにもエネルギーが必要なのです。

いろんな方法やワークやセラピーがあるし、それらはとてもいい助けになったりもすると思うのだけれど、それすらもエネルギーがないと私たちの中で循環していかない。それどころか、循環しないものはやはり「黒いもの」として棲みつくこともあるのだと思います。

エネルギーになるような食べ物を選ぶ、そしてそれを邪魔するようなものをとらない、
あなたの心身をサポートしてくれるような知恵に触れる、乱すようなものには触れない、
力がわくような言葉を読む、元気がなくなるような言葉は読まない

そういうことひとつひとつが、私という生命を生かし、あるべき方向へ進んでいくためにとても大事なことだと思います。


個人セッション受け付けています。必要な方に届きますように。

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