正しさは心地よさの中に埋まってる。 (正敏)

頭蓋骨と頚椎、仙骨などの位置関係を丁寧に探索し、姿勢が整うと、少し詰まっていた鼻腔がすっと通ります(少し汚い話ですが、一瞬で鼻水が流れ落ちて来たりします)。
このときに大切なのは姿勢の「正しさ」よりも「心地よさ」を追うことです。

身体は心地よさを知っているので、身体の声を聞き、一瞬一瞬それに添う動きをしていくことが大事です。逆にいうと身体は正しさを知らない。正しさは社会の中にあって、身体の中にないのではないかと、思うのです。

僕たちは正しくあらねばならないと教わり続けます。心地よくあらねばならないとはあまり言われません。強いて言えば、病気であってはならないとは言われます。ですがそれも、病気は正しくないからいけないんだ、という感じがあります。「心地よくなさ」というある種の病態があったとして、なぜそれが生じているかをまっすぐ真剣に取り合おうとする人に出会う機会が少ないのです。

社会というのは心地よいか心地よくないかという主観ではなく、正しいか正しくないかという客観によって判断できるものしか効率化できないからなのでしょう。

正しさ、効率、そういったものを求めた結果が今の社会だとしたら、僕はそこから感覚的に一旦飛び降りたのです。よくわからずに、そうするしかなかったのだなぁと、今は思います。
そして、西洋占星術に出会い、ホロスコープを拝見することで、僕の思いを作品として人に届ける表現方法を生み出すことができました。(星の舞台の主人公への手紙

そこは「正しさ」ではなく、「心地よさ」が広がる世界です。もちろんホロスコープを読むための西洋占星術の知識は必要です。その上で、出会い、交流、別れの尊さと、星の声を聞くこととそれを伝えることの喜びに感謝できる心地よさを僕が忘れない限り、僕は手紙を書き続けることができると思います。

正しさは伝えやすいのですが、心地よさは伝えるのが難しいのです。なぜなら、心地よさは一人一人違っていて、自分にしか味わえないからです。だったら正しさを伝えるよりも、心地よさを感じてもらう方が簡単。そして正しさは心地よさの中に埋まっているです。逆に言うと心地よさを無視した正しさなんかないのです。
心地よさのない正しさは我慢なので、無理が生じます。無理はバランスを欠くので、しわ寄せが何処かに行きます。我慢は正しくなさを生みます。だから、したくないことをしないが必要になってきます。

僕はこのブログを書いている時も、書きたくなくなったときに終わるようにしています。今はまだ書きたいので言葉を流しています。途中で脇にそれてきて書きたくなくなってきたなぁと思うと、書きたかった頃の場所まで消して戻ります。そうしたらまた書きたさという心地よさが復活するので、そこからまた書き始めます。正しい文章より心地よい文章を選択するという連続です。

これはちょっとだけ勇気と願いが必要ですが、慣れてくるとすごくいいです。なんてったって心地よさを実現し続けるので、心地よくないはずがありません。そして正しさより心地よさを選ぶというのは僕たち人間がもともと持っていた性質なので、しっくりきます。

心地よさを追求したら、心地よさの中に埋もれていた自分オリジナルの正しさが必ず顔を出してきます。その正しさは客観性という脆弱な地盤に立脚してないので、しっかりしています。なんてったって僕たちには心地よさを実装した身体がありますから。生きている証拠ですから。

この細胞も、骨も、血液も、樹も、牛も、水も、地球も、惑星も、宇宙も生きているんだから、星の声を聞けないはずがありません。誰でも聞けるはずです。そしてそれを僕が聞いたらどうなるか、それを手紙にして、そしてセッションにして、あなたに伝えたいのです。かならず世界は今よりも少しずつ心地よくなっていきます。

今日は夜更かし。そろそろ寝るのが心地よさそうになってきたので、終わり!

おやすみなさい。

IRU project 正敏

<正敏の仕事>

【NEW】
星の舞台に光をあてるセッション
ホロスコープ鑑定と心身の健康にアプローチするセッションです。

星の舞台の主人公への手紙
ホロスコープ鑑定書を心を込めて「手紙」にします。

イラスト作成

※正敏のホロスコープについての考えはこちら

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