自分を疑ってしまうとき

今自分が持っている「確信」や、伝えたいと思っていること、誰かの力になりたいと思っている気持ちなどなど、よりによって重大な局面になった時に限って疑ってしまうことってあると思うんです。

まさに今日そんな気持ちに襲われていたし、これまでもずーっとそうやってブレーキをかけてしまうことがあって進めずにいたんですが。

でもね、ちょっと冷静になるとそれってすごく大事じゃないかな?と思ったりもするのです。

というのは、万人共通の「正解」なんてないんです。
私にとっての確信のようなものがあるだけなんです。
それも、どうしてここにたどり着いたのかすら説明がつかないような、縁に導かれたとしか思えないようなものが、ある段階に至ると「あぁ、これが確信だな」と客観的にみえるというか、現れるというか。

だから、「正解」を持とうとしなくていいんだなと思います。

むしろ、自分が「正解」を持っている、と思った瞬間に地に落ちる気がする。

だから、自分を疑ってしまう時は、よくいいますが「光を当てる」だけ。
がんばって自信を持とうとしたり、鼓舞させたり、疑いをないことにしたりしないことって大事だなぁと思います。

なぜなら、本当は自分がわかっているからです。
もしかしたら防衛なのかもしれません。それも時には必要。

何かを伝えるということは、「正解」を教えるのではなくて、自分の中にある「確信」を流すということなのかもしれません。

そして、それを相手がどう受け取り、活用するのかはもう自分のところにはありません。
その人が、何を選び、どう生きるかはその人が決めることなのです。

学んでいて不安になったら、さらに学びなさいと先生は言っていたな。。。
学びはずっと続きますね。学びたいことがあるって幸せだなぁと思う今日この頃です。

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