自分を癒す(mayu)

私には今子どもはいませんが、自分にもし子どもがいたとしたらどんなふうにかかわり、何を教え、どんな姿を見せていけるかな・・・と昔からよく考えていました。

特に、この1年はそんなことを日々考えています。

私の中では、自分や周囲の人たちが持ってるであろう価値観というものが、(それ以前にすでにかなり壊れていたいうのもありますが)この1年で崩れ去ったといっても過言ではないところまできて、では、いったいどんな世界をひらいていけるのだろうと。

で、その「もしいるとしたら」の「子ども」は私自身のことなんですよね。

周囲の顔色をうかがわないと、ほめてもらえないと、結果を出さないと価値がないと思って生きてきた私に、どんな世界を見せてあげたいかなと。そういうことなんだと思うんです。
それがこれから私がやるべきこと。

それで、今までさまざまな形で関わってきた人たちでも、「●●がないと価値がない」「よくわからないけれど自信がない」など、根本に自己否定がある人ってとても多い。

というか、最近は実はほとんどの人がそうなのではないかと感じています。

それは、社会的に「うまく」いっているだとか、人気があるとか、悩みがあるとかないとか、そういうこととは関係ありません。

というのは、私たちは身体に薬やサプリなども含めて、何かを入れないと、何かしら「健康法」などを実践していないと、健康を保てないという思い込みがあるのではないかと思うのです。

それは、学歴、能力、収入、資格、実績、肩書き・・・などなど、形で人を判断し、つながっているということと裏表で、それがないと社会で生きていけないという観念と同じなのかもしれません。

そして、もっと奥の奥は、私たちも、私たちの親や先生世代も、みんなそういう社会の中で教育を受け、そうなれるようにみんな奮闘してきたことの結果なんだと思います。

私自身も、そういうことをずっと考えてきたし、苦しんでもきましたが、ある程度いろんなことを俯瞰できるようになって思うのは、やはり身体を取り戻すということに鍵があると思っています。

身体は他人と自分を物理的にはっきりと分け、誰とも違う固有の存在であるということを証明しているもの。

だから、もし私という生命を生きたいと思うならば、身体に目を向けることから始めるのをおすすめしたいと思っています。
どんなことを学んで形や思考法を身につけても、必ずどこかの地点で全員が向き合わなければならないものだからです。
そこからしか始まらないといってもいいのではないかなと思います。

これからの私が、これまでの私にたくさんのことを伝えていくのだと思います。
それが自分を癒すということなのかもしれません。

身体をみてあげると、そこに必ず、他の誰でもない尊いあなたがいるのです。

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