「私の答え」を遂行する(mayu)

「万国共通の絶対的真実」は存在しないにしても、「私にとっての真実」は必ず誰のもとにもあるはずだと思うのです。
それがわからない、みえないと思うならば、それはきっと、何かに覆い隠されて見えなくなっているだけ。
誰になんと言われても、どんなに観念に押し殺されそうになっても、あなたが見てきたこと、感じてきたこと、それによって導き出された「答え」が心の奥底にひっそりと眠っているはずです。

しかし、その「答え」がはっきりとみえているとしても、それを遂行するにはまた難しさを感じるかもしれません。

例えば、より楽しいこと、よりワクワクすること、より正直なことを選べばいいとわかっていたとして、
そんなことをしてはいけない
そんなことよりやるべきことがある
と抑圧したり
時には
(楽しいことであっても)心を動かすエネルギーをもてない
ということも。

それには過去のさまざまな経験や解決できていないさまざまなことがが影響しているかもしれない。

それでも、どんなことがあろうとも、意志や観念よりも先に、身体や心はたくさんのことを受け取り、感じ、動いています。

私たち全員が持っているその力が私たちを常に守ってくれています。

この先にあるもの、この生命で経験できることに向かって、手を伸ばし、足を一歩踏み出すのはいつだって私たち自身ですよね。

そこに本当の声で語り合える仲間がいれば心強い。
その仲間も、ぴったりと波長が合ったタイミングで出会っていくはずだなと思うのです。

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