私の作る「場」(mayu)

今までいろんなことをやってきたけれど、共通するのは「場」にかかわることかなと思います。

・カウンセリングにおける「場」
・対話のグループセッションにおける「場」
・大学の講義における「場」
・舞台という「場」
・畑、土という「場」
・カフェという「場」
・身体や心という「場」
・本という「場」
・パートナーシップ、親子関係、その他さまざまな人間関係という「場」
・IRU Projectという「場」

ざっとあげるとこんな感じですが、何かが起こるということはそこに「場」がないと成立しませんし、そこがどんな「場」であるかがすべてであるといっても過言ではないと思っています。

つまり、「場」を整えるということがすべての始まりであるともいえるのです。

現れたものだけを結果だととらえ、そこに対処療法を施しても場が乱れている限り本質的な解決にはなりません。

同時に、私たち自身が「場」であるということです。
穏やかな人の近くにいると安心するように、怒っている人の近くにいるとイライラするように、
常に私たちはその環境に影響を与えています。

よって、誰かを安心させてあげたいと思うならば、例えば安心する言葉をかけるよりまず先に、私が穏やかである状態でいることが、最も有効な方法だと思います。

誰かに伝えたいことがあった時、発信の内容や伝え方にフォーカスしがちですが、まず、その発信している私がどんな状態であるか、が大事だと思うのです。

それは、頭が情報を受け取り、解釈する前に、身体や心が必ず何かを受け取っているからです。
(最近のblogでこのへんのこと書いているので、よかったら読んでみてくださいね。怪しい話じゃないです(笑))

「なんかすごくいいこと書いてあるんだけど、どうにもモヤモヤするなぁー」
とか、そういうことありませんか?

私も、ついつい「今日は何書こう」「こんな書き方で伝わるのかな」とかいろいろ考えてしまうんですが、心に静けさを持って、素直にPCに向かってみるとぽろぽろ出てきたりします。
最近は、あまり考えすぎずに出てきたものを一気に書いていますが、一生懸命書いていたころよりも自然に書けている気がします。

内容を理解してほしい、というよりも、断片として相手に届いたものが、その方のその時の「場」とコラボレーションして、時に震動が起こったり、するといいな、という感じです。

今日書きたかったことを書いていなかった!

本格的にお茶(コーヒーだったり煎茶だったり中国茶だったりチャイだったりもろもろの飲み物の象徴として。もちろんお菓子つき!)のある「場」を作っていくべく動いていこうと思っています。

このことはちょくちょくこのブログにも出てくると思いますが、お茶のある「場」で起こるやりとり、それが私のつくるカウンセリングの場かなぁと、ピンときました。

今日、八雲茶寮でお茶してきて、やっぱり茶人がいれてくれる場は舞台そのものだなぁと。
これが「いる」だなぁと。私がもっとも感動する感覚です。

そう言っていたら、去年札幌でたまたま行った器の展示会で出会った作家さんの展示が、今東京でやっているとの情報が入ってきました!ネットで買うか迷っていたけれど、どうしてももう一度手にとってみたいなーと思っていたら!

やっぱり波長ってあるよねー!と。
そう、頑張って、焦って探さなくても、ちゃんと欲しいものはやってくる。
というわけで、明日行ってきます!

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