心が世界を創る。お金と稼ぐについて。 (正敏)

夢の中。

叱られた。

一瞬言い訳しようと思ったけど、ごめんなさい、と素直に謝った。

フェルトを無駄遣いした出入り業者的存在の僕を、道場の館長はなぜ叱るのかを説明してくれ、これからの僕のギターの表現の幅を広げるために、トーキングモジュレーターの使用の提案もしてくれた。

その後の展開も楽しい夢だったが、起きて僕の中に残ったのは「素直に心を生きることで世界は動く」という事実だった。

形だけ謝るのではなく、心から謝っていたのが館長に伝わったんだと僕は夢の中で思いました。館長の表情も波長も変わったからです。

僕は夢と現実は同じだと思って生きてます。そしてこれはもちろん僕にもあなたにも24時間365日適応できることです。

僕は20代の頃から言葉は知っていた「心が世界を創る」を生きられていなかったのです。

今この瞬間も、この文章に僕の心が乗れば乗るほどそれは伝わるし、読んでくれた人を通して僕の世界が変わる。

読んでくれた人の世界も変わるかもしれないけど、それは読んでくれた人の心がすること。僕の預かり知るところではない。

ただただ自分のことをするだけ。

で、先日愛と感謝とお金とというブログを書きました。

そこで言っていることも同じです。

ただ、今日思ったのは、愛も感謝もお金もケーキも服も車もギターも美味しい料理も素直に「欲しい!」と望むことが大切だということ。そして、それはもうすでにあるということ。

特にお金の場合「稼ぎたい!」という風に、欲しいという欲求と稼ぐという概念が融合するというか、トランスフォームするというか、なんかそういうことが起こるのでややこしいんだと思います、多分。

さらに「稼げないといけない!」という風に常識というものも乗っかってくるので「社会人たるもの、人様に恥ずかしくないくらい稼げないといけない」みたいな、もう根元の欲求からはるかはるかかなたに行っちゃったような精神状態になるんでしょうね。(ケーキやギターは別にそこまでじゃないでしょう?)

こうなったら拗らせすぎて自分でもなぜ稼ぎたいのか、そもそもお金で何がしたくてどうなりたいのかなんて考えることもなくなってしまうんですね、みんな。

そりゃそんなややこしいこと叶いにくい…というか、「とにかく稼げている状態になりたい!ならなきゃ死んじゃう!」という心の状態が叶い続ける。だから多くの人が死ぬほど頑張ってるのにもっともっと稼がなきゃいけなくなる。

それだったら「お金欲しい!」「熱い気持ちと純粋な素材を追求したケーキ欲しい!」「格好いい色の車欲しい!」「海の近くにある天然木の床と大きな窓がある、呼吸している家欲しい!」「自分の存在で表現し続けて生きていきたい!」と素直に望む方がよっぽどわかりやすいし、なんか可愛いですよね。可愛い存在というのはより応援されるので、可愛くなりましょう。

そして、もっというと望んだ時点で分身の僕たちはそれを享受しているので、その自分とシンクロというか、シナジーというか、ただ一つになればいいだけなんですね。こんなのオカルトとかトンデモとか言う前に、子供の頃ならみんなやっていたことだと思います。僕もファミコン買ってもらえなかった時からずっとファミコン持ってる自分とゲームで遊んでました。だから実際に買ってもらえてマリオやったらいきなり上手かった、すごく。

今の僕はこのことを別にみんなに伝えたい!というわけでもなく、ただ夢を現実的に、現実を夢見心地で生きているような感じです。

今日も良い一日を!

<正敏の仕事>

星の舞台の主人公への手紙×ブルーポートレイト

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