「内から外へ」「形のないものが形を持つ」「自分から発して人と繋がる」が生命の本質。 (正敏)

昨日のインスタライブ楽しかったー!!ようやく楽しさがわかってきました。

一つ階層が上がった感じ。

一時間以上一人で喋ってたので、内容としては新しいセッションのことやこれからIRU Projectで始まる新企画のことが半分、あとは基本的にその場その場で浮かび上がってくるものをリアルタイムで言語化することを楽しんだ感じ。

・外から取ってくる生き方から内から溢れてくる生き方へ
・つながりたいという思いが浮かんできた
・新しいセッション「裸で響き合うセッション」のこと。
・円坐、橋本久仁彦さん、非構成のこと
・『たいわのざ』のこと
・IRU Projectの新企画のこと
・参加者の方とのやりとり

こんな感じのことを話していました。

自分的に印象深いのは、肚の中にあるまだ形のないもあもあとしたものが波長となって上がってきて、声帯を通って口から出る瞬間に言葉という形と意味をギリギリで与えられて「喋る」という表現となり、それによって人と繋がる、という人間の営みの構造を自覚し、それを話せたこと。

そして、この「内から外へ」「形のないものが形を持つ」「自分から発して人と繋がる」という動きが生命の本質的なものであって、この逆をやろうとしていたから生きるのが苦しかったんだということを体感できたこと。

これはこの前のブログ、救う(掬う)ことで逃げたこと。自分と出会い続けること。に書いたことともつながるんだけど、外にある「形」を捕まえて持ってきて、「俺は○○です」「私は○○ができるんです」「僕は○○によってあなたに●●をもたらします」という「俺の仕事」を作ろうとしてきたんだと思う。○○が悪いのではないし、○○との最初の出会いは純粋だったはず。

要は「○○を利用して自分を認めてもらいたい」というような、「外から内へ」「形を使って自分に形を与える」「人と繋がるために自分を定義する」の動きが生命の本質と逆だから、なんかうまくいかない、なんか苦しい、となっていたんだと実感したんですよね。

そして、聞いてくださったフォロワーの方からのコメントに応える時、かつて長く触れてきた「円坐」の感覚が蘇ってきたこと。これも印象的でした。

昨日のインスタライブはこれからのIRU Projectの根幹になる活動の予告としても、僕たち二人が長く触れてきた「非構成のグループ」「円坐」というものについても手を替え品を替え話すようなものだったわけですが、そのことによって昨日の僕がいる部屋の空気がしんと沈み、言葉がふわふわ浮かばないようになって、とても心地よく静まりました。

あまり今の言葉であれこれ書いてもずれそうなのでこの辺で。

インスタライブを喋る瞑想として、もっと探求して行きたくなりました。

<正敏のしごと>

裸で響き合うセッション(新しく始まりました)

星の舞台の主人公への手紙×ブルーポートレイト

ポートレイト・イラストレーション

<インスタグラム>

@ao_ame_rhythm(正敏個人)
@iruproject

<ニュースレター>

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