表現とは(mayu)

昨日、久しぶりにライブに行った。

ライブ中、さまざまな想いが浮かんでは消え、そして目の前にいるその人の目は何も変わらずただただまっすぐで、声にもギターの音にも一寸も嘘がない。
その存在の尊さこそが、いつどんな時も人々の心を動かし、生きる力を与え、私たちが必要としているものなんだと勝手に思っている。

東京に来ることになったのは、東京で行われたあるライブを見たのがきっかけのひとつだった。
もう行くしかないねと、ライブ後正敏と顔を見合わせた時に同じ気持ちでいることがわかった。
あの頃、東京でもきっと歌を作り、いろんな人と出会い、ここでしかできない生活と表現をしていくのだろうと無邪気に思っていた。

結局、東京にきてからは一度もライブをしていない。
いろいろな状況によるところも大きいが、ではその「騒ぎ」がなかったところで、京都での日々の続きのように舞台に上がることはあり得たのだろうか。

この2年間のことは、語れないことばかりだ。
振り返ると間違いばかりだったのかもしれない。自分をたくさん責めたし、夫婦関係もよくなかった。
自分が8年前に仕事をやめてから歩いてきた道は、自分が思っていたよりも「世間」からはあまりにかけ離れていることをいやというほど思い知らされた。
生き延びるために「普通」になろうとした。
でも、過去にわたしは自分に嘘をつき続けた結果とんでもない目にあっているので、どうしても嘘はつけない。違うことは違うとすぐわかってしまう。


すべてのことは、ただただ、生きたいという一心だった。
その前も、今も、何も変わらず、生命への尽きることのない想いと、探究心だけがある。

なぜ、生きられないと絶望するのか。なぜ、生きたいと願うのか。
今こうして生きているのに。生きてきたはずなのに。


2週間ほど前、光の空間で奥底から出てきた声は「この生命ひとつで生きていこう」だった。

昨日ライブを見ていたとき、まだ手放したくない想いもたくさんあるけれど、この生命ひとつもって生きていこうと改めて思った。
あっち側とかこっち側とかじゃなく、目の前で歌っていた人と私は確かにつながっているのだと感じられた。

あの人が放っていた光に憧れるのではなく、見上げるのではなく、同じことをするのではなく、受け取るのではなく、私もそういう存在でいようと思った。

この生命でどうしても一番苦手で、一番恋い焦がれていた歌をやらなければならないと、33歳の時にバンドを組んだ。

これは7歳の時の私との約束だった。

きっと、それは2018年にリリースしたアルバムで完成していたのだと思う。
曲の作り方もなにひとつわからない、ギターもまともに弾けなかったけれど、作品にしたことで手放したのかもしれない。
歌に、音に、声に、すべてがある。

私にとって、表現とはいつも生命と共にあるものだ。
畑をやっている時間がなければ歌はできなかったし、そこからたくさんの曲や、「Goodbye, Hello」というアルバムや、「畑とロック」という企画や、「畑とカリー」というお店や、「STAGE」という本、すべてがあの「現場」から生まれたものだ。

明日、ギターが旅立っていく。
舞台に上がるのがこわくてたまらない時も、うまく弾けなくても、ずっと私のそばにいて支えてくれて本当にありがとう。
初めて会った時のことを今も鮮明に覚えているし、本当にすてきな存在だった。

私は声が出せる。ギターの弾き方もちゃんと身体が覚えてる。
これからは私のいるところすべてが舞台で、表したものすべてが歌になる。

正敏と一緒に舞台に立てたこと、私から見えていた彼の姿も大きな喜びとしてここにある。

ギターにも、周りにいてくれた人たちにも、心から感謝している。


この生命でやるべきことがある。どうしてもやらなければならないことがある。

昨日、ライブを見ていたとき、私は幸せを選ぶんだ。と、はっきり思った。

幸せになるために生まれてきた。
この生命の輝きを知るために、世界の声を聴くために、人と共にある喜びを感じるために。
誰かに光を届けるために。

そのために、私は今たくさんのことを手放していく。

この次の目的地が決まっている。

京都にいる時のラストライブで新曲を歌った。
「ないものはない」から始まる歌だ。

この「ないものはない」という言葉を授けてくれた先生が、これからとても大事な師になるんだと思う。

表現は終わらない。それは形じゃないから。
生命が躍動しているということ、その尊い有り様のことを表現と呼ぶんだと思う。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。